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夏のあらし!4話

夏のあらし! 第4話 「想い出がいっぱい」

そういえば新房監督お得意の(というかお家芸)、自己模倣や自己言及的なパロディ、それがアニメであること自体をネタにするメタレベルからのセリフがすっかり鳴りを潜めて、とことんベタなドラマが展開されてるけど、どーしたんだろ。批評性を欠いたベタなドラマなんて・・・新房アニメじゃないやい。
今回演出・コンテともに石倉賢一。レイアウト、というか基本的に一枚絵の連続で構成されてるから構図って言ったほうがいいのかもしんないけど、そういう面でそれぞれのカットがすごく綺麗にまとまってるのに、それを紙芝居みたいにザクザク切ってカットを割るところ、なんというか、圧巻。引き込まれる。背景も純粋に美しい。なんとなく、OPや予告は見たまんまだから置いとくとしても、本編も紙芝居のようにわかりやすい進行具合だなあ、と思ってたところで、今回のこれ。やっぱり意識してたんだな、と。なんだか嬉しい。で、なぜ紙芝居なのか。
一般に、アニメ作品を語る際に「紙芝居」という表現を用いれば、それは「アニメーション」であるにもかかわらずアニメーションを行わない、動かない作品、と否定的な意味合いとなるけど、本作に限らずシャフトの制作する作品はむしろ動かないことを売りにでもしているかのような、カットとカットの繋ぎ、構成力で魅せるとでも言おうか、まさに紙芝居の作法でアニメーションを制作しているわけだけど。そんなシャフトの紙芝居アニメーションのED・予告を紙芝居風にする本作の試みにはやっぱり批評性が宿ってるんじゃないか。脚本というテクストの内にメタレベルへの言及を仕込むんじゃなく、1本のアニメを形作る「OP、Aパート、Bパート、ED、予告」という構造そのものを用いて自己言及を行う。わかり辛いけどやっぱりこれも新房アニメだった。前回も触れたように、例えば街と喫茶店の間の移動時に、背景をめまぐるしく動かして街-喫茶店の距離感を演出したことのように、レイヤーを何層も用いて動きを表現するのも、レイヤー同士を面的に移動させることで、「アニメーションとは秒間24コマに及ぶ絵の線的な集合によって表現されるもの」だという「アニメ」の本質を逆説的に突く、見事な演出だとは言えないか。
だからどうしたって、別になんもないんだけど。うまくまとまらない。

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